東大卒無職が働かずに生きるブログ

東大卒が感じた社会の厳しさを綴るブログです。開発したサービス(フリマルっていいます)の話もちょくちょく

自己紹介その2

前回の続きです。

 

地獄の店舗配属

 

研修が終わり、我々研修生は全国の支店へと配属されていきました。私が配属されたのは、都心の店舗で、忙しさは全国の店舗でも有数でした。ピーク時の混雑はかなりのもので、先輩もとても新人にものを教える余裕などなく、質問に行けないケースが多かったので、お客さんの質問に対して答えられないときなどは、そりゃもうどうすればいいか戸惑ったものです。

そういったことももちろん辛かったのですが、私がまず初めにもっとも辛かったのは、教育係との相性でした。私を担当したのは無表情な女性で、とにかく私にはこの人が何を考えているのかがよくわかりませんでした。とにかく表情がないので、怒っているのか、はたまた機嫌がいいのか……。私のミスに対してただ淡々と指摘をする、という流れが一日中続きました。この先輩の無表情が時に怒っているように見え、自分にとっては中々にストレスフルでした。また、他の新人は単純な接客のほかにも営業方法などを教わっていたのですが、私はこの先輩に接客の基本すらできていないと判断されたのでしょう、一切営業をやらせてもらえませんでした。私は知らない人に営業をかける、ということにほとんど苦痛を感じないので、むしろ営業に対するやる気はあったのですが、先輩に禁じられてしまってはどうしようもありませんでした。(ただ、実際単純接客でよくミスもしていましたので、この先輩の判断を単純にクソ認定することは私にはできないです)

書いていて若干気分が悪くなってくるのですが、続けます。先輩に営業を禁じられても、そんなことは店舗の運営を決める人とは何の関係もないので、私にも容赦なく営業ノルマが課されました。あくまでもホワイト企業なので、営業ノルマを達成できなかったからといって上司に詰められたりするようなことはありませんでしたが(というか全く営業実績を挙げてないような先輩のおっさんも普通にいた)、私が何の成果も出せない横で、同期が着実に結果を出しているのを見ていた時は、お腹のところに嫌~~な感覚を覚えましたね。

 

先輩が新人につきっきりで教える期間は二週間ほどで終了したので、この嫌な時間自体はすぐに終わりましたが、これを皮切りにだんだんと職場に行くのが苦痛に感じられるようになっていきました。無意味にしか思えない朝礼。たまにある飲み会(新人もフルプライスで支払い)。存在意義を感じられない事務作業。たまに来る頭のおかしい客(なぜか人工知能が発達して我々の仕事はもうすぐなくなる、と私に文句を言っていた)。自分のミス……。それらの連続の中で私が考えていたのは

 

気絶してえ~~

 

ということ、ただそれのみである。とにかく気絶してすべての感覚を遮断したかった。

意気揚々と社会に出た私はいつのまにか不幸な何かになり果てていたのである。

 

この話はもう少し続きますが、いったんこの辺で切ります。また明日。