東大卒無職による生存方法さがし

新卒で入社した会社を二か月で鬱になって休職した東大卒が日々生存方法を探すブログ。

何もない日

今日も今日とてほとんどなにもない平凡な一日だったといっていい。だが、中々良い一日だったかもしれない。やったことといえば、

・大学院出願

・院試勉強3時間弱

・筋トレ

・彼女と電話

くらいに集約される。雨で、憂鬱な気分を少し感じたが、天気による気持ちの落ち込みよりも、健康的に過ごしたことによる回復が上回っている感じがある。王将でニラレバ炒めを食べたのだが、それも元気の回復に一役買っている気がする。

 

今日はまた図書館で勉強の合間に、ゴッホに関する本を読んだ。確か、ゴッホは職を失ったとき、神学部を受験しようとするのだが、形式的な学習に嫌気がさして挫折。絵画教室に通った時も、石膏デッサンなどのつまらない練習が嫌になって辞めているそうだ。こういうところは実に共感する。

そしてゴッホは市場の要求を気にしなくても絵が描けるような、画家の共同体を作りたかったようだ。私も、自分のユートピアを、嫌なものがなにもない共同体をよく夢想する。気心がしれた人間だけで構成された、数学と音楽と漫画と英語と投資と動物と統計学と栄養に満ちた食事と運動と睡眠と美しい自然と温泉とサウナがある共同体だ。だが、当然のことながらゴッホが夢想した共同体は、実現することがなかった。それどころか、ゴーギャンというたったひとりの画家との共同生活も悲惨な結果に終わってしまう。

ゴッホの人生が苦難に満ちたものであると知れば知るほど、その作品を観た時の感動が増す感じがする。私が好きな作品の一つ、「星月夜」などはまさにそうだ。激しくうねるように表現された夜空からは、ものすごい生のエネルギーを感じる。あれほどの表現は深い苦悩の中からしか生まれてこないような、そんな感じがするのだ。(少し前に佐村河内を絶賛してた評論化も彼の作品に対して似たような賛辞を送っていたのを思い出した苦笑)

 

まあ、それはもういいや。

あともう一つ書くべきことがある。今日は一年先に入社した先輩が心配してラインしてきてくれた。最近私が出社していないことを知り、ご飯に誘ってくれたのだ。もう退職届を提出済みの私としては、心が痛いばかりではあったが、それでもやはりありがたいことだと思う。

最近思い出すのは、親切にしてくれた人のことばかりだ。去年までいた大学のゼミの先生が最後に言っていた言葉を思い出す。本当に君たちには幸せになってもらいたいねえ。そうおっしゃっていた。

 

最後に。今日は大阪で大きい地震があったようだが、被災された方に少しでも早く心休まる時が来るよう祈るばかりだ。