東大卒無職による生存方法さがし

新卒で入社した会社を二か月で鬱になって休職した東大卒が日々生存方法を探すブログ。

不安

最近数学の勉強時につまることがちょいちょい増えてきた。

そんなときは不安が押し寄せてくる。

正直大学の数学など、皆がしっかり理解しているものでもないだろう。理工系や経済系なら、教授ですら厳密には理解していないのではないか、とも思う。

 

しかしとにかくいろいろな不安がやってくる。大学院入試自体は突破できる可能性が高いように思う。しかしその後は?研究室生活でまたうつみたいになってしまったら?修論が書けるのか?研究室の内容に興味を持てなかったら??(院試の難易度の都合上、自分の関心ドンピシャの研究室に行けるわけではないので、その可能性は決して低くない)仮に修士をでるまですべてうまくいったとして、その後はどうなる?研究者を目指すなら、その後最短3年間博士課程に在籍する必要がある。その時点で30に近い。さらにそこからポスドク等の身分が10年ほど続くこともざらだ。それでも最終的に大学に雇用されればまだいい。博士号持ちには死亡・行方不明者が8パーセントもいるらしい。

……なにはともあれ、研究が苦痛になってしまうのではないか、というのが一番恐ろしい。

 

 

自分の性格や、どの他諸々の条件を勘案すると、私の中で「金を稼ぐ」ことの優先度はそう高くない。自分がどういうふうに過ごせたら快適なのか、改めて少し考えてみる。

正直にいって、こんな具合だ

 

・意義を感じられる内容を仕事にできること

・労働時間が長すぎないこと

・スーツを着なくてよいこと

・ある程度世間体がよいこと

・自分の思い通りに仕事を進められること

 

逆に、嫌な条件を正直に書き出してみる

 

・嫌な人と長時間いっしょにやらなければならないこと

・決まり事がおおいこと(特に明文化されないルールが多いこと)

・健康を害するような仕事内容

・興味を持てない仕事内容

 

こんなところか。いざやりはじめるともっといろいろ不満が出てくるのかもしれないが。

あとは、社会ってやつはどうしてああも息苦しいのだろうか。なんか松本人志がAKBのメンバーが挨拶に来なかったとかなんとかでキレていたらしい。

挨拶という行動に関して思いを巡らせる時、私は人間も動物の一種なのだなあ、と感じずにはいられない。例えば、類人猿にも、群れにおいて格下の者から格上の者に行われる固有の行為がいくつも存在する。またその逆もある。ある程度知能があり、社会を形成する動物ならよくみられることだろう。

しかし、なぜに人間にもなって、群れのなかでの序列関係の確認をはじめ、動物的本能を満足させるための行為、「挨拶」がここまで重視されなければならないのだろう。挨拶をすることで、機能的に仕事が効率的に進むとか合理的な理由はないはずである(もちろんコミュニケーションが円滑になるなどのメリットがあるわけだが、むしろ私はここで、挨拶によってコミュニケーションが円滑になってしまう人間の習性自体がたまらないのだ)

 

そりゃ実際私も挨拶ぐらいはしていた。上のようなたわごとを表明したところで、または無言のうちに態度に出したところで何の意味もない。しかし、挨拶のような社会動物としての習性遭遇するたびに、私の中の何かが小さな拒絶を発していた。それは私自身にも自覚されないことがほとんどだったのだろう。しかし、その積み重ねが私の精神的変調のかなり主要な原因だったと思う。

 

……。

 

社会不適合者の皆~~~頑張って生きような!!!!!!!