東大卒無職による生存方法さがし

新卒で入社した会社を二か月で鬱になって休職した東大卒が日々生存方法を探すブログ。

やる気をだすには

今日も比較的無為な一日だったといえそうだ。

明日は最後の出社日で、荷物の引き取りやらあいさつやらする予定で、嫌すぎて何となく体調が悪い。軽い頭痛がするような感覚がある。しかも、最近不思議だと思うのは、ストレスが感情に反映されるよりも、より鋭敏に肉体的な調子に反映されるようになってきたところだ。年々体がストレスに弱くなっている気がする。小学生の時はほとんど毎日朝決まった時間に起きて学校に通っていたわけだが、今にして思うと普通にすごい。大学時代、二度寝して目を覚ますと外からなにやら子供の声が聞こえるので、そうか小学生は毎日朝早くから登校してすごいなあ、と思っていたら下校だったことがある。たまげたなあ。

 

しかし、やはり最近自分も社会の中に役割を持ちたいような、そんな気持ちに気づかされる。それは端的にいうと仕事をしたいという思いだ。むろんその気持ちのほとんどは、積極的に仕事をしたいという気持ちの成分ではなく、無職でいたくないという気持ちからなっている。

金だのやりがいだのというのも、大事だが、周りの人間が、そして自分自身が自分をどう認識するか、ということのかなり大きなファクターが職業だろう。そして、より詳しく言えば、職場というコミュニティの中での自分のポジションというのが大事になってくる。もっというと、男はリーダーというポジションにいることで、なんというかイキイキしてくるものだ。学生時代に経験したバイトでも、今回の会社でもそうだった。常に少数のリーダー格としょぼくれたその他大勢の追従者にわかれるのだ。

仕事だけでなく、学校だってそうではないか。近頃では陽キャ陰キャなんて言葉もあるが、皆なんとなくそういうところを見ている。そして私は一流企業の歯車よりも、名もなき会社の経営者のほうがはるかに面白いと思っている。

もともとイキイキしているものが、リーダーになるものであるというのはある意味で真であろう。しかし、役割が人を作るということもまたある。リーダーとして存在しているうちに、そういう心構えがみについてゆく。

 

要するに鶏口牛後である。

私は会社で完全なる追従者だった。そもそも大企業の新人は基本的にそういうものだ。

私はこれからどう生きるにせよ、鶏口牛後という言葉を念頭においておきたい。

 

実は今日はワールドカップの日本の試合を観ながら書いたのでもしかしたら無茶苦茶なこと書いてたかもしれないが、とりあえずこのへんにしておこう