東大卒無職が働かずに生きるブログ

東大卒が感じた社会の厳しさを綴るブログです。開発したサービス(フリマルっていいます)の話もちょくちょく

殴られることに対する性的興奮

今日は本屋でとあるエッセイ漫画を立ち読みした。(タイトルは忘れた)

なんでも、作者(23歳、処女)は、通常の性行為に抵抗感を覚える一方で、暴力を振るわれることに強い性的興奮を覚えるのだと。自分の欲求をかなえようと出会い系サイトを利用して、暴力を振るいたい男と出会ったり出会わなかったりする中で、自分自身が女性として存在することに嫌悪感を抱いていることを発見する作者。自分の理想(こうありたいと望む存在)の男に、嫌悪の対象である女性の体を持った自分が、暴力で破壊されるところがエクスタシーとつながっているのではないか、とかそんなことが書いてあった気がする。

 

非常に内省的で、かつ自分の珍しめな性癖を描くエッセイ漫画といえば、少し前に永田カビさんの『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』(名前間違ってたら申し訳ない)とかがあった気がする。というか非常に似たテイストを感じた。作風が似ているのはもちろんだが、思えば作者の境遇にも共通点がある。

・女性であること

・それまで性的な体験に縁がなかったこと

・それまで社会的に不安定な身分に置かれていたこと

などなど。

 

しかし、殴られることに性的欲求を感じるとは、大変そうだなあ。作中でもちらっと出てきたかもしれないが、暴力にはけがや死のリスクが伴うわけで。別にそういう欲求をもってても全然いいと思う。ただ大変だなあ、と思う。作者によると、その性癖はどうやら「そう生まれついた」としかいいようがない部分がかなりあるらしい。繰り返しになるが、別に私はそれが悪いことだとは全く思っていなくて(むしろ変わり者同士の仲間意識のようなものすら感じる)、ただ何の理由もなく、ただ「そう生まれたから」というだけで、人生が超大変になったり逆に超イージーモードになったりすることに、いわば一種の無常のようなものを感じるだけだ。

 

そういえば、「人生の理不尽さ」というテーマにフォーカスした漫画として、私が大好きな古谷実作品を挙げておかなけれなならない。『ヒミズ』において主人公の住田君(父親を殺した後「犯罪者を殺す」という目的に取りつかれて街を徘徊するようになる)が一度自首しようとしたとき、たまたま交番の警官が不在であったために、タイミングを逃してしまう描写(最高だ)をはじめ、『ヒメアノ~ル』でも登場人物の森田(人の首を絞めることに性的興奮を覚える)関連の描写は非常に見ごたえがある。個人的には『ヒミズ』『̪シガテラ』『ヒメアノ~ル』は漫画史に残る名作だと思っている。ほんと大好きなんです笑

 

オタク的な話はおいておいて、今日はやはり、院試の勉強をした。私は数学の勉強をするときとにかく手を動かしまくるので、そろそろ右手の指が痛くなってきた。線形代数は控えめにして、微積を中心にやっている今日この頃。

理工系の分野の本などをパラパラ見ると、線形代数がよく使われていて、かつ最近の勉強により、結構その内容が理解できるので、楽しい。

 

マジで大学時代もっと数学やっとけばよかったなあ。まあ、これからやるだけだけどもね。

栄養不足による鬱

今はかなり気分が安定している。

単純に気分の波がそういう風にふれているだけなのかもしれないが、もしかしたら昨日の不調は栄養不足が原因なのかもしれない。調べたところ、うつ症状には栄養不足が原因で生じるものもあるみたいだ。具体的に言うと鉄分である。長年うつ状態で苦しみ、抗うつ剤もあまりきかなかったような人が、鉄分の補給でけろっと良くなることがしばしばあるという。これを聞いて、レバーやホウレン草を食べてみたところ、かなり気分がすっきりした感じがある。プラセボかもしれないが。

気分改善によってエロいものをエロいと感じる感性が復活した。いきなり何をいっているのか、と思われるかもしれない。ここ最近はうつと関係あるのかはしらないが、性欲が無になり、エロ動画の類も「小汚いな……」という感想しかなかった。それが古本屋でたまたま過激な少女漫画をパラ見したとき、小学生の時道でエロ本を発見した時の感覚(それよりはだいぶ薄いが)を感じることができた。やはり、エロへの感性は生きる力と密接に結びついていると思うので、大事にしていきたい。

 

今日やったことをいくつか挙げておく。

まず一つ目は心療内科の定期通院。職場に対する退職意思表明が、病気による心神喪失状態によってなされたわけではないことを証明するために診断書をまた書いてもらった。まったく無駄の極みである。

二つ目は新たに研究室訪問を行った。教授も学生さんもいい人で、研究内容も面白いように感じた。良かった(小並感)。

ただ、研究室を訪問する道中で、仕事中の同期と思しき人物を見かけた。これは焦った。というかなんとも言えない嫌な気持ちが生じた。

だいたいそんなところか。

あとはつげ義春の漫画を購入した。まだ読んでいないが。私は「ねじ式」がどうにも好きなのだ。

あとは、最近思うのが、夜になると孤独感を感じるということである。私は基本一日中誰とも話さなくても大丈夫、というくらい孤独を愛していたのだが、最近は夜若干寂しく、さっきも彼女に電話してしまった。まあ、別にそれくらいはいいか。ただ、最近プライベートで会話する人間が本当に彼女しかいない。

ツイッターで、仕事が辛い、休職した、やめたという人たちと若干つながり始めたのだが、やはりそういう負のオーラに満ちた集団と傷をなめあっててもなあ、と感じる自分もいる。もちろん同じように苦しんでいる仲間とつながることはとても心強いのだが。

 

明日も精神的に安定している日だといいなあ。

退職表明

ついに今日上司に退職すると宣言してきた。

 

午後10時。時刻通り待ち合わせ場所に到着した私は、携帯で上司を呼び出そうとした。

 

……。

 

出ない。

 

しばらくすると向こうから折り返しの連絡があった。なんでも、待ち合わせのことを忘れていて、個人的に病院に行ってしまったので、かなり遅れる、と。

しかたがないので、私は近くの書店で時間をつぶすことにした。なんとも言えない気持ちだ。私にとっては一大事なのだが、上司にとっては取るに足りないできごとなのだろうか。……しかし、そうであったほうが気が楽な気もする。

 

時間つぶしに選んだ書店はかなり大型で、大学の教科書も置いてあった。なので私は院試の勉強がてら、昔線形代数の授業で使っていたのと同じ本を探し出して立ち読みしてみた。

当時はわかりにくくてクソみたいな教科書だと思ったが、今読み返してみるとかなり丁寧に書かれていることがわかった。意外な発見だった。ほかには、ウシジマくんを立ち読みして暗い気持ちになったりした。

 

そのようなことを繰り返すこと一時間半。ようやく上司が到着した。なんでも、胃腸系に問題があり、今日は検査結果を聞きに行ったのだとか。我々は内視鏡検査の辛さについて語り合ったりなどしつつ、会議室に向かった。

 

上司に、私は胸の内を正直に話した。大学院に進学すること。上司は意思がかわることがないかどうか確認しただけでとくに引き留めたりしなかった。総務の人間も色々書類を渡したりしてきたが、淡々と必要事項について質問したり説明したりするだけで、本当にやめるのか?といった質問すらない。

この職場らしいと思った。すべてが、システムの流れ通り行われていく。そこには、個人的な感情・関心はほとんど介在しない。ここの人間の関心ごとというのは、事務手続きだけだ。今回、もっとも問題となったのは、私が現在よく鬱症状で休職中の為、今退職届を受け取ってしまうと、「病気によって判断能力が失われた状態で退職を願い出た可能性がある」と手続き上判断されうるのではないか、という点だった。その点についての確認のために、拠点二か所で電話リレーが行われ、それに約1.5時間を要した。

 

直前に上司に昼飯として1600円ほどのカキフライ定食をおごってもらったことで、一ミリだけ職場に名残惜しさのようなものを感じていたが、このやり取りのしょうもなさを見て、心から退職してよかったと思えた。

このような手続きにずっと追われ、時間を浪費し、ミスすれば大問題というのがこの職場であるのだ。私は仕事内容に何の意義も感じられず、仕事中の私はただのリビングデッドだった。それが週5日、9時間。

 

まったくばかげている。

 

退職の様子はまた書いていくとして、今日やった勉強でも書いておいて終わりにする。

今日は実対称行列を直交行列で対角化することで、二次形式を標準化することを学んだ。これは中々面白かった。

そして無職へ

ついに明日上司に退職の意向を伝えるつもりである。

今日で社会人生活はいったん終わるといえるだろう。

今この瞬間の私の気持ちは……少し沈んでいる。

これは単に天気の問題なのか、抑うつ状態がまだあまり回復していないのか、明日辞意表明するのが気が重いからなのか……

自分でもはっきりしないところである。

 

今日は久しぶりに軽く筋トレをした。それにより少しだけ気分が上を向いたような気もする。思えば学生の時は筋トレをすればだいたい嫌なことは忘れ、そこはかとなくすっきりした気持ちになったものだ。

なにかストレスがかかる状況になった時、そこから脱出する手段を持っているだけで(実際にその手段を行使しなくとも)ストレスが軽減するという話を聞いたことがある。しかし、勤めているとなんらかのストレス解消法を知っていたとしても、そもそも実行する時間がとれなかったり、体力気力的に余裕がなかったりで、実質なにも手段を持たないのと同じ状態になりがちである。

 

労働を憎め。労働をにくめ~~!!!

 

 

今日は院試のために書類を取り寄せたり、筋トレをしたりであまり大したことはしてないのだが、一応数学もちょびっとやった。ユニタリ行列や一次独立の問題とかをさらっと解いた。

こういう受験勉強において、勉強場所を確保するのはかなり重要なことだと思う。自分はすでに大学を卒業しているので大学の図書館は使いづらい。そこで近所の図書館でもっぱら勉強している。今まで存在すら知らなかったが、探してみると意外とあるものである。なにせ家にはそもそも勉強机がないのだ。「勉強机をもっていない」という事実によって自分が学生時代どんだけ勉強しなかったかを思い知らされた。

 

まあ、いいや。今日は書類を取り寄せて、多少の運動をして、それからとある大学のとある教授に電話で研究室の様子のことを色々聞いた、それだけの日だ。あとは、韓国でビットコインが盗まれたとかで、ビットコインの価格が下がっていた。

ちなみに今日電話した研究室は地方にあるだけでなく、メンバーがほとんど留学生で、ほぼ日本語が使用されていない感じだったので、敬遠することにした。英語は苦手でもなく得意でもなく、といった感じなのだが、慣れない環境で英語中国語オンリーの日々を過ごしたら学問がどうとかいうまえに単純にうつ病になりそうだと判断したためだ。

ちなみに先生も中国から来た人だった。

グローバル化の波を感じたよね。

 

今日はあまりたいして書くことなかったなあ。

 

 

仮想通貨のこと

今日は天気が悪かったが、体調はまずまずだった。

 

学生時代。まわりに仮想通貨取引をやってる人がおおかったのを思い出したので、今日はそのことを書く。

 

私も一時期ビットコイン売買にはまっていた。私がやろうとしていたのは、超短期取引で、だいたい一時間に数回という頻度で売買を行うというものだった。いわゆるスキャルピングである。原則としては、ビットコインの価格の変動に合わせて、少し安くなれば買い、高くなれば売るというものだった。

 

これほどの高頻度取引となると、儲かるとか儲からないとか以前に取引の労力自体が大きな問題となる。ずっと画面にはりつき価格と数量を指定して注文を出すというのは面倒である。

 

そこで導入したのがコンピューターによる自動売買であった。具体的には取引所が公開しているapiを使って直近数時点の価格と比べて今の価格が低ければ買い、高ければ売るというシンプルな仕組みをpythonで書いた。一時はいわゆるアービトラージのようなこともやった。いちおう簡単に説明しておく。まず取引所Aでのビットコイン価格が取引所Bでのビットコイン価格より1000円高い時に、取引所Aでビットコインを売っておき、取引所Bで同量のビットコインを買っておく。もし価格差が500円に縮まったら、さっきとは逆に、取引所Aで同量のビットコインを買い、取引所Bでは売る。こうすることで、ビットコインの価格の変動には関係なく1ビットコインあたり500円の利益を得ることができる。これを自動売買という形で行おうとしたのである。シミュレーションでは一時間に約1パーセントというすさまじいリターンを得られるはずだった。(一時間に1パーセントを複利で転がすと、大体3日弱で倍に増える。1月で1000倍以上である。)

 

これを思いついた時にはわくわくしたものだが、結論からいうと、あまりうまくいかなかった。

 

なぜか。

 

取引所がだいたいクソだからである。

このような短期的な取引では、出した注文がすばやく実行されることが重要である。(観測した価格が動く前に買ったり売ったりしなければならない)

しかし、仮想通貨の取引所というのは、サーバーの込み具合によって注文がなかなか受け付けられなかったり、そもそも出したはずの注文がなかったことになったりした。さらに取引所によっては成行での注文ができないために、素早く注文を通すということが原理的にやりづらい状況であった(Zaifのことである)。

 

もちろん、なかにはなかなか良い取引所もあった。それはまた今度書いていくことにする。

 

 

 

 

自己紹介その5

今日はかなり気分が良くなってきた。久々に学生の頃の気持ち、世界に色がついた感じを感じることができた一日だった。さて、昨日の続きを書く。

 

診察結果を伝えるため、上司に電話をかけた。上司はやや驚きつつも、淡々と話を進め、翌日に面談を行うように告げた。はっきり言って、全く気が進まなかったが、私自身もここはよく話し合うことが必要だと感じてはいた。

 

翌日の面談では、ことがここに至るまでの経過を正直に打ち明けた。

・仕事に行きたくなく、気分がふさぐようになったこと

・酷い吐き気に襲われるようになったこと

・自分でもよくわからない塊のイメージが浮かび、それがとても恐ろしかったこと

・医者から一か月の休養を要すると宣告されたこと

などなど

 

ここでの上司のリアクションは、冷淡でもなく同情的でもなく、といった感じだった。

これも箇条書きにする。

 

・診断書など頼めば誰でも書いてもらえる

・精神的な不調で辞めるということになれば、その事実は一生残ることになるかもしれない

・今は試用期間なので、ここで長期間休むと本採用にならない可能性が高い

・過去にも似たような状態に陥った社員を見てきたが、多くの場合は復帰したとしても似たようなことを繰り返すこと

 

こう書くと結構言いにくいことをズバズバ言っているように思う。ただ、これは私にとって都合の悪い条件もきっちり開示しておくという優しさのようにも感じられた。同時に私の不調は、上司にとっては単なる甘えとしかとらえられていない、という印象も受けた。とにもかくにも結局は体が一番大事だということで、私はしばらく休むことになった。有給あつかいである。

 

以上が私が休職に至るまでの概要である。休職に入ってから6日が経過した今、これからのことを考える余裕がうまれ、またそのことに関して焦りもする。

いずれ詳しく書きたいが、職場に行くのは死ぬほど嫌だったが、私が働いていた場所が客観的にひどい環境だったとは思わない。残業少ない、クソ嫌な人がいるわけではない、営業ノルマに関してそこまで詰められたりしない、といった理由からである。私が何より苦痛だったのは、仕事内容に関する空虚感と、大きな組織の流れに従って、無意味・不条理な苦労を強要される点であった。なので、もし退職するとなっても、通常のサラリーマンを続ける気はない。そのような転職の先には、ここよりも苦痛な環境があるだけであろう。今私の頭の中にはとりあえず三つの選択肢がある。可能性が高い順に書いていく。

 

・大学院進学

・塾講師

・今の会社を続ける

 

さあ、どうするか。非常に重い悩みである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自己紹介その4

休職中は基本的にずっと気分が重い。仕事をしているときは、明日からずっと休みだったらどんなに良いだろう、と妄想してやりきれない気持ちになっていたのに。たちが悪いことには、辛さを感じていることそれ自体によって、ほんのわずかに救われているような気もする。就職そうそうこんなことになってしまった自分にできる、せめてもの贖罪といったところか。この辺は自分でもナンセンスだと感じる。

今日はyoutube新宿オーピー廣瀬クリニックというチャンネルでうつ病に関する動画を観た。中々面白いことを言っているので興味がある方はぜひ。基本精神科医が一人でうつ病の解説をしているのだが、なぜか観た後涙が出た。なんでだろう。

少し泣くと気分が久々にすっきりし、学生時代ゆるくやっていた筋トレをまたやることができた。あと今日は髪を切った。

 

心療内科にいった時の続きを書く。

待合室で問診票を記入したのち、10分ほどで私の診察が始まった。医師は4、50代の男性で、まあどこにでもいそうな風貌の人物だった。どういった話をしたのかはうろ覚えだが、仕事が辛いこと、受験の時にも吐き気に襲われて気分がひどく落ち込んだことなどを話した。医師は、気分が落ち込んであまり活発でない私の話を傾聴してくれた。そして、私の状態はいわゆる「抑うつ」だと推測できること、一か月程度の休養が必要な事、早めに受診してよかったこと、などなどが伝えられた。早めに受診してよかった、という言葉には少しほっとする思いだった。東大時代の友人・知り合いの類には程度の差こそあれ、精神的な問題を抱えている者が結構いるのだが(体感ではメンタルヘルスに問題を抱える東大生は本当に多い)、うつ病は数年単位で長引くことも多いようだ。今の気分で数年も過ごすなど本当にごめんこうむりたい私にとって、早期治療により、迅速な完治が見込めることはひとまずの安心材料である。

私には睡眠薬が処方されることになった。名前は忘れたがベンゾジアゼピン系だった。ベンゾジアゼピン系というと、結構怖いイメージがあった私は、実は今に至るまでその薬をほとんど飲んでいない。医者も必ずしも毎日飲む必要はないといっていたので、問題はないだろう。一粒の薬を砕いて一かけらだけ飲んだ、その一回きりである。ちなみになぜ私がベンゾジアゼピン系の薬に抵抗感を持ちながらも、その場でその旨を伝えなかったかといえば、医者に不快に思われるのを恐れたからである。何か意見があっても、自分と相手の立場によっては表明しないほうがよいことも多い。この場合もそうだったのかはわからないが、会社で学んだ(というよりそういう感覚を植え付けられた?)教訓である。

あとは質問票のようなものに答えたり(最近以前は好きだったものに興味がもてなくなった・・・・・・1とてもよくあてはまる2あてはまる3あてはまらな・・のような形式)、白紙に木の絵を描く心理テストのようなことをしたり、あとは血液検査をしたりした。診断書の料金込みで8000円ほどしたのではないかと思う。高くてびっくりした。

 

すぐに診断結果を報告するよう上司から言われていたので、あまり気が乗らなかったが、電話を掛けた。そこのところは明日書こうと思う。