社会は悲しみに満ちているって話
私はどうやら「職場に染まったおっさん」が致命的に苦手らしい。
大抵の組織では、長くいる人間が偉いということになっている。
…飲み会では新人は無意味にふんぞり返っているおっさんにビールを注ぎに行かねばならない。割と頭の悪そうな感じであっても、多少仕事ができなくても、長くいるおじさんは長くいるおじさんだから偉いのである。
私は、そんなおっさんにビールを注ぐとき、酒造家の人たちに心の中で謝罪していた。
「ごめんなさい。
皆さんが心を込めて開発したビールはこのキモいおっさんに消費されて終わるんよ。
生産者の人、ごめん。卸売り業者の人、ごめん。居酒屋の人、ごめんなさい。」
今思えば、酒の生産者たちは、100パーそんなことを気にしてはいない。
だが当時は無性におっさんに消費されるビールがもったいない気がしていたのである。
要するにびっくりするほど銀行員に向いてなかったのだと思う。
おっさんが苦手。
今のバイトを始めるまでは、それが自分の性分だと思っていた。
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今のバイト先におじさんは二人いる。
一人は社長だ。
これは基本パワハラおじさんでどうしようもないのだが、
あまりにどうしようもないので最早どうでもいい。
もう一人のおじさんは30代半ばのとてもいい人である。
こっちのおじさんを仮に武田さんと呼んでおこう。
私の勤務初日、社内の共有サーバーの仕組みや、各種事務手続きを武田さんは丁寧に教えてくれた。
おっさんという生き物の大部分は(男とおばさんに対しては)不愛想なものだが、武田さんはとてもにこやかな人なのだ。
「ねえ、また今日も社長すんごい怒ってたね!」
そう笑って話しかけてくれる武田さんは最早職場における私の精神的支柱となっている。
そして彼はなんというか、我々学生サイドにいてくれるところがある(よく考えたら私は学生ではないが)。
30代半ばの男性が、男子大学生に交じって恋愛トークをエンジョイできる凄さを私は知っている(そしてそれを爽やかにこなす凄さも)。
武田さんは自己開示が上手い。
よくよく考えたら私が武田さんについて知っているのは、
・競馬が好きなこと
・30歳の彼女がいること
・父親の彼女が武田さん本人よりも年下であること
という何とも断片的な情報にとどまるのだが、不思議と数年前から知り合いだったような気がする。
社長の愚痴を肴に一緒に一杯やるときの一体感。
また、社長が出払っている隙に武田さんと一緒に社内資料漁りまくって遊んでたら一日終わってたことは記憶に新しい。
私のおじさん嫌いもここに来て解消されつつある。
「俺おじさんが嫌いなんじゃなくて、威張ってるおじさんが嫌いなだけジャン!!!」
ということに気づかせてくれた武田さんには本当に感謝しかない。
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マジで色々ありがとう武田さん、ってかあんた絶対モテるでしょ!!そして前の仕事何でやめたのか教えてくれ~(*^^)v
などと考えていた今日この頃、職場で
武田さんの退職を知らされた。
……聞けば、退職は少し前から決まっていたことらしい。
はっきりとは教えてもらえなかったが、原因は社長のパワハラのようだ。
思えば最近社長が学生みんなの前で武田さんに露骨にキレているところを何度か見た。
社長が意味不明なことをいうのはいつしか当たり前になっていたので、最早私は気にしなくなっていたが、
武田さんにとっては心に黒いものが溜まる日々だったのだろう。
あまり詳しくはかけないが、とにかく社長は人に物事を伝えるのが下手で基本的に何を言っているのかわからない。
そのうえ指示が二転三転するので、話してるとストレスがやばいのだ。
もちろん私も社長の顔を見ると動悸がする時期があった(やりすごす術を覚えてからは比較的どうでもよくなった)。
しかし、武田さんは唯一の社会人経験者(厳密には私も?)であることもあり、社長のアタリが殊更にキツかったのだ。
以前から
「もうやだ、しんどいよ」
というようなことはよく武田さんと言い合っていたが、あれはそんなに本気で言っているようには見えなかった。
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そして、私はバイトを始めてからかなり武田さんと話したような気でいたが、
今まで武田さんに何も言ってもらえなかったのが少しショックだった。
武田さんはきっとすぐに社会に自分の居場所を見つけていくのだと思う。
人当たりは抜群だし、技術力もすごい。
この会社のことはいつの日か、束の間の悪夢として武田さんの心に記憶されていくのかもしれない。